八村塁経歴とプロフィールは?出身地や高校大学も徹底調査!

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今話題の八村塁選手ですが、八村塁経歴とプロフィールについて出身地や高校大学についても調べました!経歴を見ると出身地である富山では元々は野球部に入部していだことが判明!高校と大学では高成績のオンパレードでした。それでは、最後まで楽しんで読んで下さい!

八村塁の経歴は?本当は、野球部に入部をしていた!

八村塁選手は、富山県で生まれ育ちました。

幼少期の頃には、なんとバスケットボールではなく野球と陸上競技をやっていました。

特に、野球に力を入れて頑張っていたようでイチロー選手に憧れていたとのことです。
ポジションは、ピッチャーとキャッチャーの2つを代わりがわりやっていたので、この時に肩の力が鍛えられたのかもしれません。

八村塁 野球 画像

https://www.google.com

富山市立奥田中学校に入学をしてからも、野球部に入部をしイチロー選手になるべく日々バットを振り続ける毎日でした。
そんな中、八村塁選手に人生の転機が訪れます。

友人の勧めでバスケットボール部に転部!

当時の野球部の仲間から、バスケットボールの方が向いているのでは?と言われ、バスケットボールの道を考えるようになりました。
この時に、一体なぜ野球仲間は八村塁選手にバスケットボールを勧めたのかは不明ですが、共に部活後に過ごす時間もあったはずなのでその時にバスケットボールを遊びでやっていたのかもしれませんね。

その後、転部を決心しバスケットボール部に入部をしました。

最初は、いくらバスケットボールがセンスがあると言っても初心者なので、トラベリングの連発でした。そんな中、当時の八村塁選手の1番の持ち味は足の速さ。

なんといっても、陸上をやっていた経験値なら、他の部員にはもちろん負けません。その経験値が、ここに来て活躍をしました。

しかし、初心者であるが故に走るのは速いが止まれないせいでトラベリングの嵐となってしまったのかもしれません。

バスケットボールをやったことがある人は分かると思いますが、あのコートを端っこから全力で走るといきなり止まるのはかなりきついです!
いきなり止まるだけでも、なれていない人は大変なのです。

そんな八村塁選手ですが、第42回全国中学校バスケットボール大会に準優勝をするなどして好成績を納めました。

この頃には、当時のヘッドコーチ(監督)である坂本穣治コーチは「NBA選手になれ。」とずっといい聞かせていました。

富山市立奥田中学校を卒業後に、宮城県にある明成高等学校に入学をしています。

入学後、直ぐに1年生ながら試合に出場しました。

第44回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会では決勝戦で、なんと驚愕の32得点を記録しました。この年の明成高等学校は優勝しました。この頃には、身長は既に2m近くもあるのでチームとしてはめちゃくちゃ頼りになる存在だったはずです。2m近くもある選手が、ゴール下にいてくれると安心してパスを回せると思います。

他にも、第45回全国高等学校バスケットボール大会でも優勝を飾り2年連続の優勝となりました。
宮城県にある明成高等学校を卒業した後には、アメリカでバスケットボールを本格的にやることを決めます。

アメリカのゴンザガ大へ進学、WCAAカンファレンス優勝

八村塁ゴンザガ大でプレーする画像

引用:https://number.bunshun.jp

八村塁選手が選んだのは、ゴンザガ大学。

アメリカの大学バスケというのは、本当に人気が高くとても熾烈な争いです。

また、アメリカの大学はスポーツのみで成績が良くても試合に出場させてもらえない大学もあります。学生の本分である、勉強がしっかりとできないと試合に出られないと言うことです。
ゴンザガ大学では、WCCカンファレンスなどで優勝を飾りNCAAトーナメントに出場もしています。
本場アメリカのバスケットボールを、前にしても臆せず日本で学んだバスケットボールを堂々とプレーする姿は、アメリカでも大人気選手となりました。

NBAドラフトで快挙!日本人初の1巡目指名!

アメリカで、プレーも人気も1番になった八村塁選手は、とうとう2019年にNBAドラフトで1巡目9位でワシントン・ヴィザーズに指名されました。
1巡目指名は、日本人としては快挙です。

話は富山市立奥田中学校時代に戻りますが、この時のヘッドコーチである坂本穣治コーチは、八村塁選手に「NBAに行け」とずっと言っていると先程書きました。

しかし、この本当の意味は当時八村塁選手はまだバスケットボール経験が浅かったため、コーチとしてはバスケが嫌いになってしまうのではないかと思い発した言葉でした。

コーチも、まさか本当にNBAに行くとは思ってもみなかったそうです。
しかし、この言葉通り八村塁選手はNBA選手としての道を歩むことになりました。

続いては、八村塁選手のプロフィールです。

八村塁のプロフィールは?日本代表歴の数がすごい!

名前 八村塁
生年月日 1998.02.08
出身地 富山県
身長 204.5cm
体重 108kg
ニックネーム はっち、るい

八村塁選手は、持ち前の高身長を活かして大活躍を納めている証拠として、日本の代表歴が挙げられます。
今までの代表歴をまとめました。

八村塁 代表 画像

https://victorysportsnews.com

U-17
U-18
U-19

また、2015年からはA代表に選ばれておりこの頃から日本バスケットボール界での希望の星として、さまざまなメディアに登場してきました。

当時、八村塁選手は明成高等学校に在籍をしていました。
U-17からずっと選ばれているということは、バスケットボールを始めて3年ほどで代表入りを決めていることになります。

どんなスポーツでも、練習を始めてから3年というのはやっとそのスポーツに慣れて、戦略を立ててゲームができる時期ですよね。

その時期に、代表入りを果たしていることはこれこそ快挙に近いものがあると思います。

八村塁選手の出身地は富山県!両親も?

日本人初のNBAドラフト1巡目指名を決めた八村塁選手を育てたのは富山県です。
富山県では富山市立奥田中学校卒業までいました。

と言うことは、ご両親も富山県かと思いきや実はお父様がベナン人でお母様が日本人です。

ベナンとはどこなのか気になって調べたところ、マレー半島の西に位置する島でした。

ドラフト会議で八村塁選手が着用したジャケットは、特注でデザインされたもので

裏地に「日本」と「ベナン」への想いを込めています。

片側が富士山などが描かれた日本の浮世絵をデザイン。

もう片側は、アフリカベナンの伝統的なデザイン。自分のルーツを大切にする、素敵な選手ですね!

世界中に影響力を持つ人物となったことを既に自覚しているのかも。日本とベナンのことをどんどん発信してもらいたいですね。

かっこいいです!

次は、八村塁選手の高校についてです。

八村塁の出身高校は明成高等学校!

八村塁選手の出身高校は、宮城県にある私立明成高等学校です。
入学してからすぐに、レギュラーとなり数々の大会に出場しました。

中でも、第44回全国バスケットボール大会では決勝まで進出をし、32得点を記録しました。1試合で1人が32得点というのは、かなり素晴らしい記録です。プレーヤー5人が、全員この32得点をマークできたら1試合で160得点という結果になりますよね。

しかし、この160得点でゲームが終了するケースはまずあまりないです。
そう考えると、八村塁選手が記録したこの32得点がどれ程の活躍かが見えてくると思います。

2年生になっても、八村塁選手の活躍はとどまる事を知らず、なんと第45回全国高等学校バスケットボール大会でも優勝を飾りました。2年連続の優勝ですね。

自身ラストイヤーになる3年生の時には、夏に開催された第68回インターハイに出場しました。この大会では、初優勝を飾り明成高等学校の名を全国に轟かせました。

ここで、何がすごいかというと何度もこの記事で書いていますが、中学の途中からバスケットボールをやっているのに、ここまでの輝かしい成績を残したと言うことです。

正直、中学高校レベルには身長が高いだけでポイントに結びつかない選手は山ほどいます。「身長が高い=絶対上手い」という様にイコールにはならないのです。

続いては、八村塁選手の大学についてです。

八村塁の大学は、アメリカの大学!名門ゴンザガ大学だった!

そんな八村塁選手は、数多くの大学からスポーツ推薦が来ていました。
しかし、最終的に八村塁選手が選んだのはアメリカにあるゴンザガ大学。

実は、アメリカの大学に進学するまではそこまで珍しい経歴なわけではありません。

実際に、現在の日本のプロバスケットボール界の現役選手や元バスケットボール選手にもアメリカに留学をし、本場に触れてきた選手はいます。

例えば…
牧全選手(横浜ビーコルセアーズ)
田渡凌選手(横浜ビーコルセアーズ)

など、現役で活躍する選手がアメリカで経験を積んできました。

正直、アメリカの学校に1人で行くのは本当に辛く過酷な道のりだったと思います。

英語ができなければ、チームメイトとのコミュニケーションは取れないので、試合に出場する機会が減ってしまいます。

バスケットボールのことのみを考えればいいわけではなく、国籍を越えた人間関係を築いていかなければなりません。

そんな中で、八村塁選手は名門ゴンザガ大学でNCAAトーナメントというトップのトーナメントまで進出し、大活躍を納めました。

留学をするまでは出来ても、そこから頭一つ抜けるのは本当に大変なのです。

特に、2014年にU-17に選出されたことがゴンザガ大学に進学するきっかけを作りました。

この国際大会で、平均22.6得点を記録しています。この驚異的な数字から、アメリカの大学は八村塁選手に可能性を見出したのだと思います。

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続いては、八村塁選手のプレースタイルについてです。

八村塁のプレースタイルと日本代表について!オールマイティな選手だった!

 

八村塁選手は、2018年にA代表として日本代表に選ばれています。
この時には弱冠20歳の八村塁選手でしたが、20歳の若手とは思わせない様な迫力があるプレーが魅力的でした!

なんと、この大会でも平均21得点です…

すごすぎる記録ですが、八村塁選手からするともうこの平均記録は当たり前化しています。

この得点を記録するにあたって、八村塁選手のプレースタイルを考えてみました。

オフェンスでは、体のキレが格段に違います。個人的には一度、シュートモーションを挟んでからのドライブインをする八村塁選手のプレーは大好物です。

ディフェンスでは、高身長を活かしたブロックショットが要注目です。
この八村塁選手のブロックショット、見ていて本当に気持ちがいいです!

他の選手のプレーだと、「あれ?ファールかな?」と思わせるようなブロックショットが多い気がしますが、八村塁選手は「絶対、ブロックショットだ!」と確実にわかるのです。

オフェンスよし、ディフェンスよしのオールマイティな選手であります。

八村塁経歴とプロフィールは?出身地や高校大学も徹底調査!まとめ

八村塁選手は、富山県で生まれ育ち中学校卒業まで富山県に住みました。

中学の始めまでは、野球部に所属をしてイチロー選手を目指していました。しかし、同じ部活のチームメイトから、バスケ部に編入する事を勧められてそれがきっかけとなりバスケットボールの道を歩みました。

中学までは、トラベリングなどを連発していて慣れるまでは時間がかかりましたが、高成績を納めました。

高校は、宮城県にある私立の明成高等学校に進学をし直ぐにレギュラーを獲得しました。
全国大会で何度も優勝を飾る一方で、日本代表にも選ばれ始めて日の丸を背負う立場にまでなりました。

輝かしい実績を作り上げた結果、大学はアメリカのゴンザガ大学に進学を決めました。
ゴンザガ大学でも主力選手となり、現在のNBA契約に至りました。

日本では史上初のNBA1巡目指名です!

これからも、同じ日本人として八村塁選手の活躍を期待したいと思います!

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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