中野小次郎選手は201cmという長身を武器として、サッカー日本代表の大型ゴールキーパーと期待されている選手です。
中野小次郎選手は、長身を上手く使えず伸び悩んでいた時3人の良き指導者に出会い急成長し、遂に北海道コンサドーレ札幌への加入内定を獲得しました。
中野小次郎選手の身長体重経歴プロフィール、プレーの特徴、小学・中学・高校時代などを調べてみました。
詳しく調べてみましたので、最後までご覧ください。
中野小次郎(札幌)の身長体重経歴プロフィールは?
生年月日:1999年3月5日
身長:201cm
体重: 90kg
出身地:徳島県
所属チーム:
(小学校時代)USFC
(中学校時代)徳島ヴォルティスジュニアユース
(高校時代)徳島ヴォルティスユース
大学:法政大学
ポジション:GK
代表歴:
(2017年) U18日本代表
(2018年) U19日本代表
(2019年) U19全日本大学選抜
Jリーグ:北海道コンサドーレ札幌(2021シーズン加入内定)
中野小次郎選手の画像①
中野小次郎選手は201cmという規格外の身長を誇るGKです。
中野小次郎選手のご両親は、それぞれ異なるスポーツで活躍した経験を持っています。
父親は城東高校バスケットボール部でインターハイに出場した経験を持っています。
母親は岡山県北部の出身でアルペンスキーの選手でした。
父親の身長は187cm、母親の身長は163cmです。
中野小次郎選手は、ご両親から優れたスポーツ神経と、特大な身長を受け継いだのだと思います。
中野小次郎選手がサッカーを始めるきっかけは、小学校1年の時父親に連れて行ってもらった徳島ヴォルティスの試合でした。
徳島は野球が盛んで、それまでは野球に興味があったのですが、徳島ヴォルティスの試合にたびたび足を運ぶようになり、小学校2年生の時にサッカーを始めました。
一流のアスリートの多くは、幼年期時代にそのスポーツに自然に触れる環境の中で育っています。
中野小次郎選手もそのような環境で育った一人なのだと思います。
続いては、中野小次郎選手のプレーの特徴と長身のGKについて調べてみました。
中野小次郎(札幌)のプレーの特徴は?長身のGKは?
中野小次郎選手の特徴は、身長201cmという規格外の高さを生かした、ハイボールに対する強さやセービングセンスに加え、左足のキックの精度の高さです。
日本人選手と海外選手の長身のGKを調べてみました。
これらの選手と比較してみても、中野小次郎選手がいかに希少な存在なのかがわかります。
加えて足元の技術にも優れていることから、中野小次郎選手は日本代表GKとして大いに期待されているのだと思います。
続いては、中野小次郎選手の小学・中学・高校時代と三人の良き指導者について調べてみました。
中野小次郎(札幌)の小学・中学・高校時代は?三人の良き指導者とは?
中野小次郎選手は小学生時代USFCに所属してサッカーを学んでいました。
中野小次郎選手はそれまでフィールドプレーヤーとしては芽が出なかったのですが、地区トレセンで中野小次郎選手が休憩時間に遊びでGKやっていたの見た指導者がコンバートとしたのです。
中野小次郎選手が小学校5年の時でした。
一流のアスリートは、必ずや良き指導者と出会います。この指導者が中野小次郎選手にとって一人目の良き指導者だと思います。このコンバートがなければGK中野小次郎選手は誕生していなかったかもしれません。
中野小次郎選手の画像②
中野小次郎選手は中学校へ進学と同時に徳島ヴォルティスジュニアユースに加入しました。
憧れのジュニアユースには入ったものの、身長が急激に伸びてバランスが崩れ、全く活躍の場がありませんでした。
その当時の事を中野小次郎選手は、「大きいからヴォルティスに入れている」、「大きいからトレセンにも選ばれている」、「すぐに花開くことはないから地道にやろう」と考えていました。
中学校3年間のジュニアユース時代は、レギュラーとして活躍することはありませんでしたが、当時190cmの身長が評価されそのまま徳島ヴォルティスユースに昇格しました。
ユースの入っても試合には出られず、身長はますます伸びて高校2年の時には195cmを越えました。
中野小次郎選手は、「もうこれ以上伸びないでくれ」と思ったと語っています。さらに、周りからは「あいつでかいだけじゃないか」と言われ恐怖心もあり、精神的に非常に苦しい時期でした。
中野小次郎選手はそんな自分に「それでもこうしてヴォルティスで毎日練習できているし、ナショナルトレセンにも入っているのだからまだ大丈夫」と言い聞かせなぐさめていました。
そんな苦しい状況から救い出してくれたのは、ユースのGKコーチ上野秀章氏でした。
「これまでは将来性を見越して色々指導をしてきたけど、今の状況だったら本当に終わるよ」という厳しい一言でした。
この言葉で中野小次郎選手は目が覚めました。「俺、何やってきたんだ」「高3の1年間は死ぬ気でやろうと思いました」と語っています。
中野小次郎選手はこのことをきっかけに、反骨心と向上心に火が付き急速に成長してゆきました。
それまで第3GKだった中野小次郎選手は、高校3年生になるとレギュラーの座をつかみ取りました。
上野コーチが二人目の良き指導者だと思います。厳しい言葉ですが、その時の中野紀次郎選手に最適なアドバイスだったのだと思います。
中野小次郎選手の画像③
この頃中野小次郎選手は、母親の勧めで素晴らしいトレーナー稲垣宗員氏との出会いがありました。
母親は、急激に身長が伸びた中野小次郎選手が「大きな体を自分でもうまく使えていないような感じがした」と語っています。
稲垣氏は初めて中野小次郎選手を見て、「背が大きいと末端肥大症で手足が妙に大きかったりするんですが小次郎はそうではなかった。ドアをスッと軽快に開けて室内に入ってきましたし、靴ひもを結ぶ、靴を脱ぐという動作も速かった。背が大きい割にそういった細かい動作が速いなと思いました」と語っています。
その後、週2回ジムでトレーニングを行い、ステップワークが俊敏になり、ジャンプもしやすくなりました。
稲垣氏が三人目の良き指導者だと思います。中野小次郎選手の長身という武器を最大化した指導者だと思います。
中野小次郎(札幌)wiki経歴身長体重は?期待の大型GKプレー特徴は?まとめ
中野小次郎選手は法政大学サッカー部での競技を続けながら、今シーズンは特別指定選手として内定先の北海道コンサドーレ札幌での出場が可能となりました。
法政大学および北海道コンサドーレ札幌での中野小次郎選手の活躍を応援しています。
最後までご覧いただき有難うございました。
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